鋸南町雇用創造協議会 こよう!鋸南

UIJターンの実際

Iターン

UIJターン体験者インタビュー

看護師の経験から、移住して介護を仕事に

身ひとつで移住して感じた地元の「あたたかさ」

塩谷 とみ子さん(67歳)

鋸南町保健福祉センターすこやか、ほか

看護師

塩谷さんは50歳まで病院で臨床看護師として勤務、それから定年まで若い看護師育成のために看護学校で指導されてきました。鋸南町への移住は、「定年後は海の見える場所に住みたい」という旦那さんの希望を実現するためだったそうです。

猫のエサ代を稼ぐ程度の仕事ができればいい、と始めた介護予防の仕事。役場だけでなく民間企業からも声をかけられて、週4日働く忙しい毎日になりました。職場は楽しく、たくさんの地元の方と出会いがあるとのこと。さまざまなことを教えてもらったり、野菜や花や魚をもらったり、地元のみなさんと交流を楽しまれています。

介護予防の仕事をしながら、家庭菜園で野菜作り。ご自宅の二階から眺める海は絶景です。塩谷さんご夫婦は、本当にしあわせそうでした。

海の見える場所を探して、鋸南町に移住するまで

埼玉県川越市で暮らしていた57歳の頃、夫が「どうしても埼玉にいなきゃいけない理由はないよね。できれば海のあるところで生活したい」とよく話していました。

というのは、分譲マンションを住まいにしていましたが、年月を経て環境が変わってしまったんです。入居した当初は日当たりもいいし、静かな場所でした。ところが、道路ができて騒々しくなってしまって。道沿いの部屋なので、自動車がうるさくて。

夫は北海道の釧路市で生まれ育ったので、海の見える場所で暮らしたかったようです。といっても長い間、関東で暮らしていたので、いまさら関東以外に移住するつもりはありませんでした。移住先の候補は、千葉、茨城、神奈川。茨城は東京から離れすぎ、神奈川は土地代が高そうと、消去法で千葉が残りました。

最初は木更津市の物件を探しました。ただ、京葉工業地帯の煙突が気になりました。環境のいいところに住みたいので、別の場所を探したいと夫に頼みました。

そこで南下して鋸南町に。不動産屋さんに物件を何カ所か紹介してもらいましたが、夫はこの場所に心を動かされたようです。静かなこと、高台から海を見渡すことができて眺めがいいこと、土地が安いことが決め手となりました。

永住を考えて慎重に土地を探しましたが、よい場所にめぐり会えたことに感謝しています。土地を買って家を建てたのは、60歳だったかしら。川越を離れることに関して、ふたりの娘は特に何も言いませんでしたね。むしろ自分たちの保養地ができたと思っているようです。

地元で必要とされている介護の仕事

夫が単身赴任で働いていたので、鋸南町には先に私がひとりで引っ越してきました。仕事を辞めて、ばんざーい! と解放感いっぱいでした。

猫のエサ代を稼ぐためにちょっとだけ仕事ができればいいな、と仕事を探しました。ハローワークに行き、その後、役場に相談したところ「鋸南町保健福祉総合センター すこやか」を紹介されました。訪問し、看護師の資格を持っていると話したら「明日からでも来てください!」と。

そうして、まずはローテーションで看護や介護の仕事を始めました。すると、民間の介護施設「デイホームのこのこ」からデイサービスの仕事も依頼されて、あっという間に忙しくなりました。週に4日は働いていますが、つらくはありません。むしろ楽しいんですよ。看護師の資格がなくても介護の人手が欲しいところは、たくさんあると思います。

私は看護学校を出て、埼玉県の病院で看護師として働いていました。結婚したのは、昭和48(1973)年10月。娘がふたりいます。次女が生まれてから3年間は子育てのため家庭に入りましたが、それ以外はずっと看護師として60歳まで働きました。

看護の道に進んだ理由は「動物が好き」ということかしら。夫からは「なんじゃそりゃ」と言われるけど、生き物が好きだったということが理由だったんじゃないか、と。

50歳頃までは臨床看護師として患者さんの看護をして、その後は学校で教えていました。1クラス最大で44名まで、3学年の学校で看護師の卵を育成していたんです。看護学校を卒業すると、国家試験を受けて免許を取得しなければ看護師になれません。そのための指導をしていました。

家庭菜園の楽しみ、地元とのつながり

自分の家で気に入っているのは広いこと。家庭菜園で野菜を作りたかったんです。猫も飼いたくて。

川越市で一戸建てのマイホームを購入するなら、現在の4分の1程度の広さの家しか持てなかったと思います。猫を飼えば、10軒先まで謝りに行かなきゃならなかったでしょうね。家庭菜園ができる、ペットを自由に飼える場所に住めることが、うれしいです。

家庭菜園では、冬場はキャベツ、ブロッコリー、ふきのとう、かんきつ類はレモン、キンカン、ミカンなどを作っています。夏場は、なす、トマト、きゅうり。庭先で摘んで、そのまま食べたりしていますよ。

介護の仕事を通じて、次から次へと、いろんな地元の人とつながることができました。職場で働く人はもちろん、介護予防の教室に来る人はみんな地元の方々。どこにイノシシが出るとか、どの場所のセリやふきのとうがおいしいとか、魚はこうやって食べたらいいとか、話をすると面白くて時間を忘れます。

「食べきれないからみんなで食べて」と野菜を持ってきていただいたり、カーネーションをいただいたり。おすそ分けが生きている町です。生きた魚をもらって、どうするのこれ!? とびっくりすることもあります。でも、それが鋸南町のよさだと思いますよ。

海辺を散歩して、じーっと物ほしそうに見ていたところ、干したテングサをもらったこともあります。「これ何ですか?」って聞いたら「持ってけ、ほれ」って。歩けばいろんな出会いがある町です。

そんな鋸南町で、人とのつながりを大切に生活していきたいですね。元気のある若い方にも移住してもらいたいと考えています。

塩谷 とみ子(しおや とみこ)
昭和23(1948)年6月生まれ。

山形県出身。同い年の夫は、北海道釧路市出身。千葉県市川市にある国府台病院附属看護学校で3年間学び、埼玉県の病院に勤務。その後、看護学校で指導。娘は長女が埼玉県、次女が東京都で暮らしている。

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