鋸南町雇用創造協議会 こよう!鋸南

UIJターンの実際

Iターン

UIJターン体験者インタビュー

養殖ビジネスの起業をめざして漁港で修行中

身ひとつで移住して感じた地元の「あたたかさ」

新井 顕太郎 さん(23歳)

鋸南町勝山漁業協同組合

ビジネス系専門学校(学生)

中学生の頃からニシキゴイが好きだった新井さん。専門学校時代に、起業家になる願望を抱くようになります。魚好き×起業で考えたのが、養殖ビジネス。その夢を実現するために鋸南町勝山漁業協同組合で働くことに決めました。

一度は、組合員の賛同を得られませんでした。しかし、諦めずに足を運んだ熱意が受け入れられ、漁業協同組合の職員になることができました。現在は毎朝4時、夏場は3時から漁港で働いています。一方で、将来を見据えて、東京でベンチャー企業家の異業種交流会にも参加。人脈づくりや情報収集にも積極的です。

漁師として下積みの修行をしながら、未来に向けて準備。若いとはいえ、新井さんの目には起業家の光が宿っています。

起業家として、養殖ビジネスを立ち上げたい

鋸南町に移住して1年半。いまはまだ見習いの下積み段階です。現場の仕事を覚えています。しかし、いずれはサケの養殖ビジネスを立ち上げたい夢があります。その基礎固めとして、漁業協同組合の仕事をきちんとできるようになりたいですね。

一方、ビジネスをやるからには商品、資金、設備投資、販路など、さまざまな面から構想を練って準備する必要があります。

ギンザケは需要があると考えています。長期的な養殖はコストがかかるので、養殖を始めて売りに出すまでの資金繰りも考えておかなければなりません。3カ月の短いサイクルで回転率を上げることが重要ではないでしょうか。販路は、民間企業と提携する方法を模索しています。

鋸南町は東京から近いので、いまでも東京には頻繁に足を運んでいます。学生時代の友達と会ったり、ベンチャー起業家の異業種交流会に顔を出したりしています。人脈づくりと情報収集も大切です。

どんな職業にもいえると思うのですが、地方に移住して仕事をするなら「目的を持つこと」が大切。ふらっときて生活、とはいきません。その土地に住んで何をするのか、集中して力を注ぐことは何か、あらかじめ考えておいた方がよいでしょう。

お断りされても働きたかった勝山港

漁業をやりたいと考えたきっかけは、魚が好きだったからです。東京から埼玉県に引っ越した小学校2年生の頃から、近所の川や池でヘラブナなどを釣ったり、金魚を飼育したり、そんな趣味がありました。

中学生のとき、家の近所にある池で、ニシキゴイが釣れたんですよ。おそらく誰かが飼っていて池に逃がしたのだと思います。こいつが釣れるといいな、と練りエサを付けながら狙っていたんです。大物が釣れてうれしかった。

いまでもニシキゴイは好きです。品評会にも顔を出しています。品評会に出席するのは、高価なコイを自宅の池で飼うことができるような富裕層の方々なので、社会勉強になりますね。

将来は、ニシキゴイを養殖するような仕事ができるといいなと考えていました。しかし、高校生3年生のとき、知り合いから海でも養殖できる魚を教えてもらったんです。そこで海洋・水産関連の大学を志望したのですが、受験に失敗しちゃって。結局、海ビジネス系専門学校に進学しました。その頃、家族で横浜に引っ越しました。

専門学校で学ぶうちに「自分で起業してビジネスをしたい、経営者になりたい」という気持ちが生まれました。魚好きの趣味を仕事にできると楽しいんじゃないかなと、養殖ビジネスを真剣に考え始めたのは、その当時です。

就職活動は、養殖ができる地域に絞り込んで働き場所を探しました。最初の候補地は愛媛県宇和島市。養殖漁業の民間企業を志望しました。けれども地元の人以外は雇用していないと言われて、次の候補地が、関東圏で養殖漁業を行っている鋸南町でした。

最初、鋸南町勝山漁業協同組合に伺ったときは、お断りされてしまいました。東京から来た若者に厳しい漁業の仕事が務まるのか? という心配があって賛同が得られなかったのかもしれません。ただ、どうしても勝山漁港で仕事をしたくて。

ダメと言われましたが、めげずに「体力があるところをアピールしよう」と、わざわざ横浜からサイクリングで訪問して頭を下げました。熱意が通じたのか、やっと組合長に了承をいただき、勝山漁業協同組合で雇ってもらえました。

身ひとつで移住、娯楽施設はないけれど「あったかい」町

移住したときは、ほとんど身ひとつの状態でした。生活するにあたっては、家賃や物価が安いことが大きなメリットです。東京のようにコンビニエンスストアがあまりないので、食事は自炊しています。銀行も少ないですね。もちろん娯楽施設もありません。でも、それほど不便とは感じていないかな。

海の仕事は朝型の生活サイクルです。通常は午前4時、夏場は3時に起きて、9時から10時まで働き、その後すぐに昼ご飯。最初は戸惑いましたが、ようやく朝型の生活に慣れてきました。

鋸南町は気候も温暖ですが、「地元のみなさんのあたたかさ」を感じます。「若い人が東京から来てくれて、本当にありがとう」という言葉が、とてもうれしかったですね。同世代の若者がもっと移住してくれたなら、と感じています。

人のつながりがあたたかいことに加えて、鋸南町は、よい意味で「発展途上」です。若い力によって産業が変わる可能性を感じます。特に漁業や農業といった、第一次産業が変わりつつあります。

Iターンした移住者として鋸南町にお願いしたいのは、起業を考えている人たちのために、お金、場所、情報、人材の支援を強化してほしいということ。そうすれば、自分のような仲間がもっと増えるのではないでしょうか。

鋸南町は、東京から移住した人間を受け入れてくれる町です。一度訪れてみると、のどかな南房総の雰囲気が分かると思いますよ。

新井 顕太郎(あらい けんたろう)
平成4(1992)年11月生まれ。

東京都新宿区出身。8歳から埼玉で過ごし、その後、神奈川県横浜市へ。小学生の頃から釣りと並行してプラモデルに熱中。高校生時代にはデコトラを制作し、モデラーとして自作の完成品を販売する。

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