鋸南町雇用創造協議会 こよう!鋸南

UIJターンの実際

Uターン

UIJターン体験者インタビュー

直売所の確立や加工品で拡がる農業の可能性

鋸南出身者が考える地元の活性化とこれから

篠原 茂幸さん(64歳)

篠原農園

自治体職員

鋸南町で生まれ育った篠原さんは、定年退職後は農業をやりたいと考えていました。そこで役所に勤務しながら、50歳から農業を準備。ブルーベリー、ビワから始め、イチゴの品種改良にも注力。地元の新たな名産品を作る夢を抱いています。

道の駅 保田小学校が開設されて、直売の可能性が拡がりました。農業を営む人たちにとって「大きなメリットになった」と篠原さん。定年から3年をかけて、年間を通じて農作物を提供する収穫サイクルを確立、直売所に出荷しています。果物のジャムなど加工品も好評で、これから力を入れたいと考えているそうです。

祖父母の代から引き継がれた、地元農家の歴史と伝統。鋸南町を知りつくした知見をもとに語るお話には、深く重みがありました。

50歳から、定年を見据えてブルーベリー栽培へ

いま、イチゴの品種改良に取り組んでいます。章姫(あきひめ)という一般的な品種も栽培もしていますが、甘さや酸味、食感を変えたオリジナルのイチゴ品種を作るのが夢。普通の農業をやるつもりはありません。

南房総市の市役所に勤めていましたが、定年後は農業をやりたいと考えていました。農業を営んでいた父親が高齢になって続けることが難しくなったので、50歳から農業の準備を始めました。市役所に勤めながら、土日は農業の生活でしたよ。早朝、出勤前に畑仕事をして出掛けることもありました。

まず畑に植えたのは、ブルーベリーです。続いてビワ。それからイチゴのハウスを建てました。

最初は30~40本のブルーベリーの苗を植えたかな。始めたばかりの頃は、うまくいきませんでした。枯れることも多かったですね。だんだんコツを覚えて、現在は160~170本あります。増やし過ぎると管理が回らなくなるので、これぐらいの本数でいいかなと考えています。

農業研究機関、道の駅、市役所を経て農業に至るまで

大学を卒業後、千葉県の農業研究機関に22年間勤めていました。後半7年間はイチゴの研究もしていました。その経験が現在、イチゴのハウス栽培に役立っています。

農業研究機関に勤めたのちに私が辿った人生は、ちょっと異色といえるかもしれません。

44歳のとき、旧富浦町に「道の駅とみうら枇杷倶楽部(びわくらぶ。以下、枇杷倶楽部)」ができました。そこの観光農場に従事する人が、運営の相談に来たんです。

地域活性化の事業に興味がありましたので、時々見に行っていました。すると「現場に来てくれないか」とお願いされてしまって。何度も断りましたが、熱意に負けて運営に携わることに。職場の上司や同僚には、とても怒られましたね。

枇杷倶楽部は、官民による第3セクター。研究職とは違い、観光客などお客様が相手の仕事です。公務員の仕事を継続しながら、9年間で所長になりました。

ところが、町村合併があり、平成18(2006)年3月に南房総市が誕生。運営体制が変わり、枇杷倶楽部所長から市役所観光課の課長に。

県庁にいたとはいえ研究職で、役所の経験はありません。なんとか定年まで勤めて、ようやく解放されて「これで自分のやりたいことがやれる」と、農業を本格的に始めたんです。

直売所の確立と、加工などによる農業の可能性

南房総の農業は「花」が主力でした。畑の面積当たりの売上が多い特長がありました。農業の優等生は、カーネーション、スターチスなどの花農家です。鋸南町の勝山の辺りは、戦後GHQの需要から、セロリやカリフラワーなど西洋野菜の先進地でした。昔は花や野菜など単一作物をつくる農家が主でしたが、現在では難しい状況になっています。

そこで、農業を展開するにあたって、年間を通して直売所に提供できる作物づくりを考えています。

具体的には、イチゴを12月から5月の連休明けまで収穫し、6月からはビワが実ります。続いてブルーベリーを6月下旬から9月初旬までに収穫。10月になると柿。そして再びイチゴが12月というように、フルーツだけでつながる年間の収穫サイクルを作りました。

フルーツ収穫の間を埋めるのが野菜です。葉菜類はキャベツ、白菜、レタス、春菊。根菜類では大根、カブ、里芋、さつまいも、じゃがいも。それからトマトやきゅうりなどの果菜類も育てています。

収穫する農作物は年間40品目ほど。定年から3年間、試行錯誤の結果、年間スケジュールがほぼ出来上がりました。

大きな変化は、道の駅 保田小学校に直売所ができたことです。農作物を売る場所が地元に出来たのです。農家には、これがいちばんのメリット。直売所では、ほとんど売れ残ることがありません。私の作ったイチゴがほしい、と言ってくれるお客さんがいると、うれしいじゃないですか。ありがたいことです。感謝、感謝です。

農業で移住を考えている人は、100平方メートルぐらいの家庭菜園で作って、余ったら近所に配るところから始めるとよいでしょう。うまくいったら10倍の広さにすれば、何かしら売れますよ。若い人が移住してくれたら最高です。しかし、70歳で新しい農地を借りて、直売所で販売を狙っている熱い就農者もいらっしゃるので、気持ち次第かもしれません。

現在、力を入れているのはジャム。栽培した果物を加工して7種類ぐらいのジャムを考えています。「季節のフルーツジャム詰め合わせ」というキャッチフレーズを付けて、4種類のジャムをセットにしたところ、評判がよかったですね。加工品には可能性があります。研究すればするほど、奥の深さを感じます。

6次産業化という言葉も聞きますが、個人ではなかなか難しいでしょう。ただ、他の業種とのタイアップや、法人組織による農業を実現できると、鋸南町は伸びる可能性を秘めていると思います。

篠原 茂幸(しのはら しげゆき)
昭和26(1951)年8月生まれ。

鋸南町出身、千葉大学園芸学部農芸化学科卒。現在は妻とふたり暮らし。息子は千葉市在住。定年後、「自分が食べたいもの、好きなものを作ること」から農業をスタート。美味しい農作物を栽培するには、「有用土壌微生物が活発に活動できる土」が重要と考えている。

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