鋸南町雇用創造協議会 こよう!鋸南

UIJターンの実際

Iターン

UIJターン体験者インタビュー

そば修行で手に職をつけて移住、夫婦で働く

紅葉の美しい土地で、四季折々の自然を食材に

神野 洋一 さん(64歳)

手打ちそば処こぶし

株式会社文明堂

長狭(ながさ)街道の峠にある「手打ちそば処こぶし」。店を営む神野さんが、本格的にそば打ちの修行を始めたのは48歳の頃。手打ちそばの技術を学んで手に職をつけ、紅葉の美しい季節にドライブで訪れたときに気に入った鋸南町に移住したそうです。

辛味大根を使った手打ちそばは、常連のお客さんがつくほど人気とのこと。辛味大根は、自家農園で栽培されています。周囲の山は山菜の宝庫。ふきのとうやワラビは、周りの山から調達できるのも田舎暮らしならではの醍醐味(だいごみ)です。観光客や地元のお客さんとの交流を楽しみながら、のんびり生活を楽しんでいらっしゃいます。

いつも夫婦一緒で働く、神野さんご夫婦。仲むつまじい姿から、自然の中で暮らすゆとりが感じられました。

そば修行をして、紅葉の美しい場所に移住

東京の工場で仕事をしていた45歳ぐらいのときでしょうか。40日間、入院したことがありました。肺炎でした。

カステラや和洋菓子で有名な株式会社文明堂(現:株式会社文明堂東京)で、工場の生産管理を担当していました。年末は会社に泊まりがけで、家に帰れないほど仕事が忙しかったこともあります。退院後、職場に復帰したものの、もう工場には戻れないと感じましたね。独立を決めた大きなきっかけかもしれません。

といっても、脱サラはかなり前から考えていました。商売か、第1次産業をやりたかったんです。

20代の頃は地方を見て回りました。最初に考えたのは果樹園。「田舎暮らしの本」を読んで、長野県飯田市のリンゴ園を見学しました。ところがタッチの差でその物件は売れてしまって。次は野菜作り。那須高原や山梨の不動産屋に行きました。すると「冬には野菜は作れないよ。年を取ったら大変だよ」と言われてしまって。

移住より先決だったのは「手に職をつけること」。これで食っていけるという技術があれば、どこででも生活できます。茨城県金砂郷町で手打ちそばの体験をしたことがあり、そば屋を思い付きました。

本格的にそばの修行をしたのは48歳から。当時千葉県松戸市に住んでいましたが、市内のそば屋2軒で修行しました。仕事が終わった後の平日夜と休日を使っての修行です。1軒のご主人は、伝統のある一茶庵で修行した方。だから、うちのそばは一茶庵の味です。

そばの修行は、お金がかかるんですよ。現在は40~50万円かかるんじゃないかな。退職金をつぎ込んでそば屋を始める人が多いのですが、どうせなら早い方がいいと考えました。

店を開く場所は、千葉県鴨川市などを検討した上で、最終的にこの場所に決めました。ここには以前、ふらりとドライブで来たことがありました。季節は秋で紅葉がきれいでしたね。伊豆より土地が安いということもあり、鋸南町がいいなと考えました。

50歳の5月に会社を辞め、9月に開店しました。あれからもう13年がたちます。

「こぶし」という店名は、店の前にこぶしの木が植えてあることに由来しています。千昌夫さんの「北国の春」の歌詞にもありますよね。歌の中で使われている言葉をつけたかったんです。まあ、何でもよかったんですが。

開店当初はお客さんが少ないので、チラシで告知するなど苦労しました。そのうちに、地元の方がぼちぼち来られるようになって、常連になっていただけました。

辛味大根の味わい、四季折々の自然を食材に

手打ちそばは、そば粉8割とつなぎ粉2割の二八そばと、十割そばを打っています。しいたけ、菜の花、ふきのとう、銀杏、ゆりね、干し芋などの天ぷらもお客さんから喜ばれています。

うちの手打ちそばは、薬味にわさびではなく自家製の辛味大根を使っています。畑を借りているので、そこで辛味大根やねぎなどを栽培しています。自給自足ですね。釣り好きなので、アナゴ、キス、ヒイラギなどの魚を釣って食材にすることもあります。

周辺の山から、ふきのとうや梅など、さまざまな食材が調達できます。春にはワラビも採れます。この辺りは山菜の宝庫です。山だけでなく、海にワカメを拾いに行ったりもします。なんとなく得した気持ちになる町ですね。

メニューは手打ちそば・うどんと、野菜の天ぷらが中心。当初は、ごはんを付けた定食もありましたが、地元のお客さんから「いろいろやらないで、そば屋らしくやってくれ」と言われて、現在はやっていません。そばが売りなので、しばらくは手広くやらなくてもいいんじゃないかと思っています。

紅葉や水仙が美しい時期に訪れて、必ず立ち寄っていただける常連のお客さんもいらっしゃいます。舘山市や鴨川市から観光のついでに来店される方も多いです。

夫婦ともに働き、自然と生活を楽しむ

1日の生活は、朝6時頃に起床して、そば打ちから始まります。8時に朝食。8時半から9時は買い物へ。このとき畑にも立ち寄って、収穫や作物の手入れなどをします。営業時間は11時から夜の7時まで休みなし。その後、9時か10時には寝てしまいます。

月に1回休むほかは、年間ずっと店を開けています。慣れてしまえば、田舎の生活パターンも悪くはありません。

いつも夫婦一緒です。1日一緒にお店で働き、暮らしています。しあわせなことかもしれません。サラリーマン時代はとにかく忙しくて、時間がありませんでした。東京で働いていた時のような仕事には、もう戻れないと感じています。

移住してうれしかったのは、人と会うこと。右も左も分からない状態で引っ越してきて、地元のみなさんにはずいぶん面倒をみてもらいました。店に訪れるお客さんから、山菜の採れる場所や、役場のことなど、教えていただいたことがたくさんあります。

夜には真っ暗ですが、夏にはホタルがいます。山奥で不便という人もいるかもしれませんが、「不便さもぜいたく」じゃないですか。生活していく上で、あまり不便とは感じていません。

神野 洋一(かみの よういち)
昭和27(1952)年2月生まれ。

福島県出身。現在は妻とふたり暮らし。息子2人は流山市と松戸市、娘は柏市で生活。株式会社文明堂(現:株式会社文明堂東京)で人事部門、大阪に単身赴任して総務部門、東京工場の生産計画など数々の職務に携わる。

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